穏やかな性格なのに走った馬たち。優しい気性だけどG1を勝つ馬もいる

性格が穏やかなのに最強

穏やかな性格なのに走った馬たち

競走馬は、他の馬に勝つことが宿命付けられています。

そのため勝ち気な性格である方が結果を出しやすい傾向にあると言われています。

しかし中には穏やかな性格にも関わらずG1を勝利するようなケースもあります。

今回はそんな穏やかな性格なのに走った馬たちについてご紹介していきたいと思います。

エアグルーヴ

エアグルーヴは天皇賞(秋)などを勝利し、当時は史上最強の牝馬とも言われた馬です。

母のダイナカールと親子でオークスを勝利したことでも注目を集めました。

更に繁殖牝馬にあがってからも、アドマイヤグルーヴやルーラーシップなどの活躍馬を輩出しました。

そんなエアグルーヴも、競馬外では穏やかな性格だったそうです。

とても人懐っこく甘えん坊でした。

その有名なエピソードが幼い頃にあります。

競走馬は生産牧場で生まれると、幼い頃は競走馬名がつけられる前のため愛称がつけられます。

そしてエアグルーヴが当時つけられていた愛称が「ベロちゃん」でした。

この由来となった理由は、小さな頃から大好きな人間と接する際にベロベロと舐める癖があったことです。

小さな子にありがちな甘え気質かと思いきや、このベロベロと舐める癖はエアグルーヴが大きくなっても続いたそうです。

中でも厩務員の田中氏は大層エアグルーヴに好かれていて、甘えるように顔中をベロベロ舐めまわし、田中氏がたまらず離れてしまうと、
とても寂しそうに袖を引っ張っていたそうです。

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スペシャルウィーク

スペシャルウィークは武豊騎手をダービージョッキーにした名馬です。

有馬記念でのグラスワンダーとの接戦は今でも語り継がれているほどです。

種牡馬としても、日米オークスを勝ったシーザリオやG1・7勝のブエナビスタなどを輩出しています。

黒鹿毛の見栄えがする馬体、そして額から鼻まで通った美しい流星から多くのファンを持っていました。

そんなスペシャルウィークの性格は非常に穏やかな性格をしており、人懐っこかったそうです。

そして非常に頭も良く、まるで人の言葉が分かるのではという程でした。

そのため人間のような性格の馬とまで言われていました。

このように人懐っこい性格になったのには、出生時の悲しいエピソードが理由なのではと言われています。

スペシャルウィークの母であるキャンペンガールは、出産直前に腸の一部が壊死していると判明しました。

そこで牧場スタッフたちは必死でキャンペンガールの出産を促し、なんとか生まれたのがスペシャルウィークでした。

稀代の名馬を出産した5日後にキャンペーンガールは亡くなってしまい、スペシャルウィークは生まれた時から人の手で育てられることになります。

そうした事情により、幼い頃から人とともに育ってきたため人懐っこい性格となったと言われています。

サンデーサイレンス産駒は気性の荒いことで有名ですが、スペシャルウィークは対照的だったようです。

グラスワンダー

現役時代スペシャルウィークとしのぎを削ったグラスワンダーも非常におとなしい性格だったと言います。

現役時代は史上2頭目のグランプリ三連覇を達成する名馬でしたが、
日常的にも大人しい馬で、競走前にも闘志を表に出さないことで有名でした。

引退後のブリーダーズスタリオンステーションで担当をしていた村尾さんも「気性的には温厚で、頭の良い馬ですね」と語っています。
さらに他の職員の方も「性格は落ち着いているというより落ち着きすぎ」と述べています。

また、放牧地ではのんびりとタンポポを食べる姿がよく見かけられています。

ミホノブルボン

ミホノブルボンは当時最新の施設であった坂路で鍛えられ、クラシック二冠を達成した名馬です。

そしてレースでは正確なラップを刻み逃げ切ることから、「坂路の申し子」や「サイボーグ」などと呼ばれていました。

そんなミホノブルボンですが、幼少期は牧場でひとりぼっちでいることが多く、非常に控えめで大人しい性格だったといわれています。

ただ、唯一気性が荒くなる時があり、それは食事の時でした。

ミホノブルボンはご飯を食べている間に人が近づくことをとても嫌っていて、
食事中のミホノブルボンに近づくのは恐怖との戦いでした。

しかしご飯以外では非常におとなしく、のんびりとしていた様です。

1996年にはJRAのCMに出演した際には、その背中に女優の鶴田真由さんを乗せており
非常におとなしい馬であることを証明しました。

メイショウドトウ

テイエムオペラオーの最大のライバルとして競馬界を盛り上げたメイショウドトウ。

競馬外では心優しく控えめな馬で有名です。

メイショウドトウは種牡馬引退後に功労馬として、北海道日高町のヴェルサイユファームで過ごしていました。

ある時、メイショウドトウの馬房に野生のエゾタヌキが入り込んでしまいます。

もしも気性の粗い馬ならばその時点でタヌキを追い出したり、最悪の場合危害を加えてしまう可能性があります。

勝手に部屋に入ってくつろぐタヌキ。

しかしメイショウドトウは追い返すどころか、タヌキの侵入を許すかのように馬房で一緒に過ごしていたそうです。

牧場側はこの事態を受け、すぐに獣医師に確認を取ります。

その結果「馬とタヌキでは種族が違うため、仮に病気を持っていても感染するかといったらしない」と獣医師は回答しました。

元々この牧場は引退馬の命を助けるために作られた場所でもあり、
獣医師からの言葉を受け「馬以外でもこうして私たちのところへ来る命は大切にしてあげたい」ということから
タヌキとメイショウドトウの共存は認められることとなったのです。

メイショウドトウはその気質から多種族にも寛容なのか、ヤギと同じ場所に放牧さた時も怯えることも嫌がることもなくヤギを見つめていた様子から
「ヤギの王」という異名まで授かりました。

2021年にはメイショウドトウはヴェルサイユリゾートファームからノーザンレイクへと移動しましたが、
そこの先住馬と仲良くなった上、牧場猫のメトとの交流も積極的に行っています。

馬だけでなく、他の生物に対しても優しい姿は見ていてほっこりしてしまいます。

アグネスデジタル

アグネスデジタルは芝とダート両方のG1を制し、地方や海外でも結果を出した名馬です。

どんな場面でも結果を残したアグネスデジタルですが、その秘訣はおおらかで穏やかな性格にあったようです。

主戦の四位騎手はアグネスデジタルを「ぼけっとしててやる気あんのかなって馬」とコメントするほど大人しかったそうです。

ただ、大人しいだけでなく我慢強い部分もあり、ストレスをストレスと思わないさらりとした強い精神が、
芝もダートも恐れない素晴らしいレースを展開する鍵となったのかもしれません。

ヒシアマゾン

ヒシアマゾンはナリタブライアンなどの並み居る強豪と、真っ向勝負を挑んだ牝馬です。

そのため女傑と言われることも多かったのですが、実際の性格はおっとりとしていたようです。

幼少期、大東牧場でトレーニングを積んでいたヒシアマゾンは、
場長の三好氏から「年がひとつ違うんじゃないか」と思われてしまうほど円熟した性格でした。

普通若い馬はキョロキョロして落ち着きがないケースが多いのですが、
ヒシアマゾンはその頃から非常に大人びていたようです。

担当をしていた小泉厩務員は「普段は大人しい馬」「普段は品のいい控えめな女性」と語っており、
田端調教助手は「人懐っこくて甘えん坊で、優しい目をしていた」と語っています。

馬主の阿部氏も「やたらと人懐っこくて周りに人がいることを好む。
自分が前に行くと『なにかくれ』と前掻きして甘える」と語っていました。

大人しいだけではなく、とても愛想が良く人に懐きやすい馬だったようです。

そんな中でヒシアマゾンが人に対してねだることがあったようです。

それはリンゴがほしいというものでした。

引退後、1997年5月から10月まで滞在していた出羽牧場では、高田牧場長がそばに来ると必ず前かきしてリンゴをねだっていたらしく、
かわいらしい甘え方をするヒシアマゾンを前にした牧場長も、ほだされてついリンゴをあげていたそうです。

オグリキャップ

オグリキャップは第二次競馬ブームの中心となった名馬です。

地方の笠松競馬出身で、中央競馬でも破竹の連勝を重ねました。

5歳(現在の4歳)の時には3ヶ月半の間に6戦するといった
今では考えられないローテーションを走った体力の持ち主でもあります。

そんなオグリキャップは、幼少期からのんびりとした穏やかな馬だったそうです。

幼少期はハツラツという愛称がつけられていたオグリキャップは、非常に賢くおとなしいという評価でした。

調教をつける際には人を振り落とそうとしていたようですが、
それは暴れるというよりも人と遊んでいたという感覚だったようです。

そうした調教やレースの時を除けば、おとなしく穏やかな正確だったと言われています。

穏やかな性格で走る馬もいる

ゴールドシップやステイゴールドのように強烈な性格の馬もいれば、
今回ご紹介したケースのように、穏やかな性格の馬もいます。

そうした様々な性格の馬がいるからこそ、競馬は楽しいのかもしれませんね。

あなたはこうした穏やかな性格にも関わらずレースで結果を残した馬というと誰を思い浮かべますか?

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