二冠馬となった競走馬一覧。牡馬クラシック三冠のうち皐月賞・ダービー・菊花賞のいずれか2つを勝つも三冠馬になれなかった馬達

クラシック三冠の中で、二冠を勝った馬達は過去にどれくらいいるのでしょうか。

牡馬クラシック二冠馬一覧

牡馬クラシックで二冠を達成するには、皐月賞&日本ダービー、日本ダービー&菊花賞、皐月賞&菊花賞の3パターンがあります。

それぞれについて見ていきましょう。

皐月賞と日本ダービーを勝った二冠馬

春の皐月賞と日本ダービーの二冠を達成した馬は過去に16頭いる(三冠馬を除く)

彼らは様々な理由により三冠を達成できなかったが、一番多かったのは故障による不出走だった。

三冠を達成するには、いかに健康でいることが重要なのかが分かる。

馬名性別皐月賞日本ダービー菊花賞菊花賞について
2015年ドゥラメンテ牡馬1着1着不出走菊花賞で三冠を目指すも骨折により断念
2006年メイショウサムソン牡馬1着1着4着ソングオブウインドに差される
2003年ネオユニヴァース牡馬1着1着3着ザッツザプレンティに押し切られる
1997年サニーブライアン牡馬1着1着不出走骨折により菊花賞を断念
1992年ミホノブルボン牡馬1着1着2着無敗で挑むもライスシャワーの惜敗
1991年トウカイテイオー牡馬1着1着不出走骨折により長期休養
1981年カツトップエース牡馬1着1着不出走脚部不安により菊花賞を断念
1975年カブラヤオー牡馬1着1着不出走屈腱炎を発症し菊花賞を断念
1971年ヒカルイマイ牡馬1着1着不出走屈腱炎を発症し菊花賞を断念
1970年タニノムーティエ牡馬1着1着11着ダービー後ノド鳴りが判明
1963年メイズイ牡馬1着1着6着菊花賞の支持率83.2%も大敗
1960年コダマ牡馬1着1着5着ストで菊花賞開催決定が発走2時間前だった
1953年ボストニアン牡馬1着1着2着皐月賞2着馬のハクリヨウに敗れる
1952年クリノハナ牡馬1着1着不出走脚部不安により菊花賞を断念
1951年トキノミノル
(旧名パーフエクト)
牡馬1着1着不出走破傷風により菊花賞前に死亡
1950年クモノハナ牡馬1着1着2着皐月賞2着馬のハイレコードに敗れる

日本ダービーと菊花賞を勝った二冠馬

皐月賞を勝てなかったものの日本ダービーと菊花賞を勝って二冠馬となった馬は、2頭しかいない。

しかもその2頭は両者ともに皐月賞に出走をしていない。もし出走をしていたのなら、三冠馬となっていたのかもしれない。

ちなみに1943年のクリフジはオークスも勝利しているため変則だが三冠馬として数えられることもある。

馬名性別皐月賞日本ダービー菊花賞皐月賞について
1973年タケホープ牡馬不出走1着1着トライアルで敗れ皐月賞への出走を断念
1943年クリフジ牝馬不出走1着1着皐月賞終了後の3歳5月にデビュー

皐月賞と菊花賞を勝った二冠馬

皐月賞と菊花賞を勝ちながら日本ダービーを勝てなかった馬は8頭いる。

不出走の2頭とトサミドリ以外の4頭は敗れたものの5着以内に入り、健闘をした。

馬名性別皐月賞日本ダービー菊花賞ダービーについて
2012年ゴールドシップ牡馬1着5着1着大外を追い込むも届かず
2000年エアシャカール牡馬1着2着1着ハナ差で2着に敗れる
1998年セイウンスカイ牡馬1着4着1着一瞬先頭に立ったもののスペシャルウィークに敗れる
1987年サクラスターオー牡馬1着不出走1着直前に繋靭帯炎を発症し断念
1985年ミホシンザン牡馬1着不出走1着骨折によりダービーを断念
1974年キタノカチドキ牡馬1着3着1着厩務員ストによる3週間日程が繰り下げられた
1954年ダイナナホウシユウ
(旧名タマサン)
牡馬1着4着1着左右から挟まれ大きく出遅れた
1949年トサミドリ牡馬1着7着1着554.3倍のタチカゼが勝つ大波乱

二冠馬一覧(三冠馬を含む)

最後に三冠馬を含めた二冠馬一覧を見てみよう。

これまでに二冠を達成した馬は34頭。そのうち三冠を達成した馬は8頭。確率としては23%となる。

二冠を達成しても、三冠を達成できない確率は8割近くにもなるのだ。

いかに三冠を達成することが難しいかが分かる。

馬名性別皐月賞日本ダービー菊花賞
2020年コントレイル牡馬1着1着1着
2015年ドゥラメンテ牡馬1着1着出走せず
2012年ゴールドシップ牡馬1着5着1着
2011年オルフェーヴル牡馬1着1着1着
2006年メイショウサムソン牡馬1着1着4着
2005年ディープインパクト牡馬1着1着1着
2003年ネオユニヴァース牡馬1着1着3着
2000年エアシャカール牡馬1着2着1着
1998年セイウンスカイ牡馬1着4着1着
1997年サニーブライアン牡馬1着1着不出走
1994年ナリタブライアン牡馬1着1着1着
1992年ミホノブルボン牡馬1着1着2着
1991年トウカイテイオー牡馬1着1着不出走
1987年サクラスターオー牡馬1着不出走1着
1985年ミホシンザン牡馬1着不出走1着
1984年シンボリルドルフ牡馬1着1着1着
1983年ミスターシービー牡馬1着1着1着
1981年カツトップエース牡馬1着1着不出走
1975年カブラヤオー牡馬1着1着不出走
1974年キタノカチドキ牡馬1着3着1着
1973年タケホープ牡馬不出走1着1着
1971年ヒカルイマイ牡馬1着1着不出走
1970年タニノムーティエ牡馬1着1着11着
1964年シンザン牡馬1着1着1着
1963年メイズイ牡馬1着1着6着
1960年コダマ牡馬1着1着5着
1954年ダイナナホウシユウ
(旧名タマサン)
牡馬1着4着1着
1953年ボストニアン牡馬1着1着2着
1952年クリノハナ牡馬1着1着不出走
1951年トキノミノル
(旧名パーフエクト)
牡馬1着1着不出走
1950年クモノハナ牡馬1着1着2着
1949年トサミドリ牡馬1着7着1着
1943年クリフジ牝馬不出走1着1着
1941年セントライト牡馬1着1着1着